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藻場をつなげ

やなぎさわ まどか  /  2023年5月10日  /  読み終えるまで9分  /  アクティビズム

CO2の吸収源、そして保全活動を支援する金融の仕組みとしても注目されるブルーカーボン。枝廣淳子さんは「さらに大事な意味がある」と考えている。

伊豆半島土肥の海底に繁茂する海草、コアマモ。こうした藻場は、魚の産卵や稚魚の生息など、豊かな海の生態系を育む場でもある。 写真提供:株式会社 未来創造部

変化した海底

温泉と海産物で知られる観光地、静岡県熱海市。相模湾に面した豊かな海では、2015年頃から「磯焼け」が進んでいる。全国の沿岸部で同じ現象を聞くことも増えた磯焼けとは、海藻類が著しく減少し、海底の砂が剥き出しになった状態のことで、「海の砂漠化」と呼ばれることもある。

藻場をつなげ

浅瀬や桟橋の下など、場所によっては天然のワカメが2〜4月頃に確認できるものの、少し沖に出ると海底の砂地が白く光る。 写真:松永 勉

アル・ゴア氏の著書『不都合な真実』の翻訳など、20年以上環境問題に取り組む枝廣淳子さんは今、熱海で海藻類などの藻場を再生しようとしている。さらに、各地で同じように藻場の再生に努める人々と連携するために、<NPO法人ブルーカーボン・ネットワーク>を立ち上げた。「まだみんな試行錯誤している」今だからこそ、事例を共有することが他の誰かのヒントや行動につながると信じて、プレイヤーをつなぎ、サポーターを増やすプラットフォームの役割を担っている。

「熱海に来る前は空中戦ばかりしていた」と言う。政府の審議会や行政のアドバイザーとして、環境問題に重要な政策立案に関わる一方で、会議室で重ねる議論はどうしても抽象論だ。「現場の実践も必要だと考えていた」とき、執筆に集中するために人知れず訪れていた熱海で、現在のビジネスパートナー・光村智弘さんと知り合った。

気候変動、地球温暖化、生物多様性、そしてCO2吸収源として世界中のアカデミアたちが注目する「藻場」。あらゆるピースが枝廣さんの中で繋がっていく。そこで考え始めたことは、海草藻場やマングローブ林など、沿海域の生態系を再生・保存することでCO2の吸収源となる、ブルーカーボンのことだった。

藻場をつなげ

大学院での教授職などは継続しながら熱海在住3年目となった枝廣さん。地域との繋がりが強く、生産者からの新鮮な魚や野菜をもらうことも日常的だという。「ここでの生活はとても充実しています」写真:松永 勉

藻場をつなげ

船やマリーナの管理を行う熱海マリンサービス株式会社を経営する光村智弘さん。熱海での活動は30年以上に及ぶ。急激に白くなった海底など気候変動の影響に危機感を持ち、さまざまな活動を行う中で「どうしたらいいかと限界も感じていた時に枝廣さんと知り合えた」写真:松永 勉

地域循環型の共生モデル

なぜ今ブルーカーボンなのか、と尋ねると、それぞれに具体的で、且つ立体的な目標を教えてくれた。

「気候変動への問題意識からブルーカーボンとなる藻場を再生させたいと思ったこと。それと同時に、海で活動するからには地域のためになることをしたかったんです。特に、漁獲高が年々減っている漁師さんたちに、何かメリットがあることをしたいと思いました」(光村さん)

藻場は別名、海のゆりかご。水生生物が卵を産みつけ、稚魚は体を寄せて強い水流から身を守り、サザエやウニの餌にもなるなど、海の生態系を豊かにする。事実、磯焼けで藻場が減った伊豆半島東部では、アワビなどの漁獲量が激減してしまった。

「CO2は一度排出されると、何かに吸収されない限り空気中に残り、永遠に温室効果ガスを出し続けます。これから出るCO2を抑えるだけでなく、すでに出てしまったCO2もどうにかしないといけないんです。ちょうど海外の研究者たちがブルーカーボンを話題にしていたこともあり、世界の最先端プロジェクトに熱海で取り組めたら、自分にとっても学びが大きいと思いました」(枝廣さん)

海草は葉の中だけでなく、海底土壌にもCO2を貯蔵する。海の中には酸素が少ないため、ブルーカーボン生態系の1ヘクタールあたりの土壌炭素貯留量は、陸上の生態系の最大10倍にもなるという。しかし枝廣さんは、「CO2吸収ももちろん大切ですが」と前置きをした上で、「どちらかといえば、豊かな生態系を取り戻したい」とブルーカーボンの可能性を強く言葉にした。

「ブルーカーボンという名前が出るずっと前から、藻場を守ることで海の豊かさを守ろうと活動している人たちがたくさんいます。網漁が盛んな岡山県備前市の日生(ひなせ)町では、40年程前から海草のアマモを増やす活動が進められてきました。これまでにアマモの種を1億粒も蒔いて、実際に藻場の面積も広がっている。そうした活動のひとつひとつにものすごく感動を覚えて、もっと知ってほしいと考えるようになりました」(枝廣さん)

藻場をつなげ

個人または法人としてブルーカーボン・ネットワークのサポーター会員になると、年4回の勉強会などに参加可能。また、枝廣さんと光村さんが代表を務める株式会社 未来創造部では、環境問題を軸とした教育研修やワークショップの開催なども行なっている。写真:松永 勉

海底の「田植え」

同じ伊豆半島でも、熱海の反対側に位置する土肥(とい)では、海草の「コアマモ」が豊富に自生している。ところが「足に触れて気持ち悪い」という海水浴客の声により、夏前に全て刈り取られていた。そこで枝廣さんたちは大胆にも、土肥のコアマモを熱海へ移植することにした。

と、書くのは簡単だが、行政区の違う海で植物を行き来させるためには、実に多くの書類を書き、承認を得なければならない。土肥の行政や漁業組合にコアマモを採る許可をもらい、熱海の行政と漁業組合には植える承認をもらい、県にも承認を受け、さらにもしも万が一、移植先の熱海でコアマモが増えすぎた場合も「責任をもつ」という一筆を書いた。これらは全て、光村さんが長年、熱海の漁師さんたちと築き上げた信頼関係があってこそ実現したものだ。実際の移植作業も自分たちの手で行う。光村さんが海底に潜り、コアマモを刈り取って合図する。船で待機していた枝廣さんたちは満杯のケースを引き上げて、30mほど先の沖合に運ぶことを数十往復。そうして刈った1500株のコアマモは、一株ずつ海底に植え付けられた。

藻場をつなげ

土肥から熱海へ移植されるコアマモ。「まるで海底の田植え」と光村さんは笑顔を見せた。 写真提供:株式会社 未来創造部

「最初に移植した2021年は、6月に植え付けを終えた後、7月3日に伊豆山土石流災害が起きました。この海にも土砂が流れ込み、コアマモを全て覆ってしまったため、光合成ができなくなり、枯れてしまいました。翌年はもう少し水深が浅くて日光が届きやすいところに植えたのですが、ブダイやアイゴという海草をエサにする魚に食べられたんだと思われます」(枝廣さん)

ブダイやアイゴはかつて、もっと熱帯に生息している魚だった。近年、南の魚が北上し、熱海の網漁に沖縄のグルクンが掛かることもあるなど、ここでも温暖化の影響は大きい。

藻場をつなげ

以前コアマモを移植したエリアを視察。移植に理想的な水深は1.5〜2mだが、ここは水深3〜4m。最適地は海水浴客が入るエリアでもあり、どうしても移植許可が難しい。写真:松永 勉

「では海草も南の品種を移植したらうまく育つのかもしれない、という意見もありますが、そもそも熱海になかった海洋植物を持ち込んでいいものかどうか、専門家と協議する必要があります」(枝廣さん)

自然はコントロールできないからこそ、向き合わなければいけない。目標までの最短距離を選びがちな現代社会だが、「最適化や効率化は、レジリエンスの真逆」と語る枝廣さんたちは、「時間の掛かる取り組みと、すぐに結果が得られることを組み合わせる」ことでブルーカーボンのネットワークを強くできると考えている。

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ブルーカーボンの活動に欠かせない海底調査は、通常とても高額な予算が掛かる。小さな団体でも取り入れやすいよう、安価で気軽に、でも確実に調査できる方法を確立したい、とブルーカーボン・ネットワークで情報交換し、連携に繋げている。写真:松永 勉

CO2吸収量を「販売」する

このようにブルーカーボンが注目され、各地で取り組みが進んでいる背景には、さまざまな理由がある。そのひとつは、「ブルーカーボン・クレジット」という吸収したCO2を販売し、収益化する仕組みができたことだ。

「日本には現在、政府ではなく第三者委員会が認証するJブルークレジットという制度があり、認証を受ける団体も増えてきました。まだ新しいこともあって、CO2吸収量1トンあたり7万円という高めの単価がついています。今後もっと参加するところが増えたら価格は落ち着いていくと思いますが、確実な収益につながることが刺激になれば、藻場の再生に取り組む地域も増えていくでしょう」(枝廣さん)

収益化と聞くと懸念してしまうことがある。営利目的のために非人道的な手段でブルーカーボンを作り上げるなど、望ましくないことが起きる心配はないのだろうか。

「確かに海外では巨大資本などがブルーカーボンを作る事例が少なからずありますが、手を打つ動きも進められています。ブルーカーボンを作る際の基準として、地域の人たちと一緒に取り組んでいることや、地域のためになっているかといった点がクレジット化の際に考慮される仕組みです。海の豊かさが損なわれて、地域社会にダメージが出ることになってしまっては元も子もないのですから」(枝廣さん)

藻場をつなげ

「私と光村さんの妄想は、日本列島を藻場で囲むこと。各地で連携して、緑のベルトで日本をグルッと囲めることを願って仕事をしています」写真:松永 勉

実は現在、国際基準における「ブルーカーボン生態系」とは、マングローブ林、塩性湿地、海草藻場の3種類だけとされている。つまり、アマモなどの「海草」はブルーカーボンとして認められているものの、日本人になじみのある「海藻」は含まれていない。近年になってやっと少しずつ、ワカメやコンブなどの海藻もCO2吸収源として注目されてきたところだ。

「これまでは日本以外の国では海藻を認識していなかったんですね。でも今は日本の環境省も海藻をブルーカーボンと位置づける方向ですし、研究者たちもシーグラス(海草)だけでなくシーウィード(海藻)も大事だと声を上げています。国際的にも、海藻もブルーカーボンと位置づけるために、現在は海藻のCO2吸収率などデータを揃えている段階だといえます」(枝廣さん)

私たちが暮らすのは、海に囲まれた日本、あるいは、約70%を海が占める地球だと言える。海の生態系を取り戻すことは、あらゆるいのちの営みを改善することにつながるはずだ。世界各地のブルーカーボンに期待を寄せながら、熱海の海にまた海草や海藻がゆらゆら揺れる日を願って、もっと頻繁に熱海を訪れたいと思う。

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